毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

「日日是好日」の心を持ってはじめて、人はまともに生き始める事が出来る。

毎日、イイ事がある日々。これが正しい生き方だと思います。イイ事がないんだとしたら、それは人としては正しい生き方になっていないんだと思います。

 

過剰でも過不足でもなく、日々イイ事が起こっているし、その事に気付いていないんだとしたら、それはその事に気付く感度が弱っているという事です。そして、よく見ていないんだと思います。

 

人は、正しい生き方が出来ているとすれば、日々イイ事が起こっている事に気付くし、感じるはずです。

 

日日是好日

 

人は、そのように生きていく事が良いわけです。そして、正しいわけです。そして、そのように生きている人はいるわけです。ですから、そのように生きる事は出来るわけです。

 

だから、「日日是好日」を知る事が大切です。そして、「日日是好日」である事を知って、日々そう感じて生きる事が出来たなら、それが正しい生き方なわけです。

 

そして、ようやく、人は、まともに人として生きていく事が出来るわけです。「日日是好日」の心を持つ事が出来れば、その時からはじめて、人は人としてまともに生き始める事が出来るわけです。それが、生き始めるスタートラインです。

 

ですから、遅いなんてことはいつだってありません。いつでも、人は生き始める事が可能です。

 

べたな言い方として、例えば、今日という日が晴れているなら、それは良い日であるし、心地良く感じられるなら、それは良い日であるはずです。空気が清々しく、景色が豊かで、静かで、心地良く息を吸えているなら、それは心地良く感じられるはずだし、良い日なはずです。

 

美味しくお茶を飲んでいるなら、それは良い日であるはずです。お茶を美味しく感じられているなら、それは味覚も十分で、感度も十分で、感性も十分であるわけで、それは良い事であり、良い日であるわけです。そして、それで過不足なく、十分なはずです。

 

もしそれを感じられないとしても、それはそれで良いわけです。それが今の自分の状態であり、それはそれで今の自分のスタート地点である事を示しているわけです。

 

ですから、それを感じるようになる事が、当面の生きる目標になるわけです。日日是好日の心を持つ事が、生きる目標になるわけです。それでいいわけです。

 

そして、日日是好日の心を持つ事が出来たならば、それからが豊かな人生の始まりであるし、その生き方が人として正しいわけです。正しい生き方です。

 

ですから、日々イイ事が起こっている、日々がイイ日である、そのような事を感じながら生きる事は正しい生き方です。日日是好日の生き方が出来ていればそれでいいし、そうでなければ、その生き方に向かって生きていったらいいんです。