毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

生きる事は能動性である。

生きると言えば、大事なのは能動性。そう思います。何をやるにしてもそれが能動性に基づいているのであれば、それでいいのではないかと思います。

 

能動性を育てていく事は、とは言え、そんなに簡単な事ではありません。色んな事を自分自身の自然に生まれる気持ちでするというのは、身につけていかないと案外難しい事だと思います。なので、能動性を何かをするという事自体は、慎重に育てていって良いように思います。

 

能動性というのは、言い方を変えると、自律性というものに似ていると思います。自律的であるという事は、人間だけでなくて、生物一般の生命活動に関して使用できる言い方なわけですが、人間は生物であるから、生物として自律的であるという表現は特に変ではなくて、その意味で、人間は生物として能動的である事が望ましいという事です。

 

能動的であるというのは、例えば、愛について話をするときも、まさに能動性が大事と言えます。愛するというのは、能動性に他なりません。能動的ではない愛というのはおかしな言い方です。基本的に、愛は能動的です。だから、生きる事と愛する事というのは、とても関連性があります。

 

生きる目的に悩んだ時、「能動性」というキーワードを思い出すと良いと思います。能動的である事は、生きる事をそのまま支えますから、生きる目的も同時に支えてくれます。何か大義名分のような、人間としての生きる目的というのは、本来絶対無いといけないものではありません。むしろ、生きる目的なんて無いかもしれません。その上で、生きる目的が無いという事でつらさを感じる時は、「能動性」という事を思い出すのが良いと思います。能動性は、生きる目的無しで十分生きる事を支えてくれます。

 

能動性を育てるのは簡単ではない。上でそう言いました。その通りです。能動性を上手く発揮して、上手く実践できている人は案外多くないのかもしれません。能動性はそのくらい重要でありながら、それを感じて生きるという事は簡単な事ではないかもしれません。それくらい難しい事です。

 

なので、ほんの少し、自分自身の能動性を育てる。それが一歩進むだけでも大きな進歩です。その一歩を大事にして、少しずつ自分の能動性を育てていきましょう。

 

人間にとって生きるという事は、実は簡単な事ではありません。ただ生きるという事は簡単かもしれませんが、生きた心地を持って生きるというのは簡単な事ではありません。キーワードは能動性です。能動性を大事にして、日々生きていくのが良いと思います。