毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

頭で考えず、身体で考える。身体の声を聞いて、身体と会話する。

できるだけ、頭で考えず、身体で考える方が良い。よく思います。

 

身体は実は疲れているのに、その事に気付かず過ごしてしまう事ってあると思います。実は足が疲れていたり、痛めていたりするのに、その事に気付かずにずっと歩き続けてしまったり、走ってしまったりすると思います。

 

なので、出来るだけ、自分の身体の状態を知るようにしておきたいと思います。今何かに囚われている心を止めて、身体の方に意識を向けてみると、身体の疲れている箇所が何かを言っていたりします。「疲れている」と。

 

何事も、頭で決めて行動ばかりしていると、身体が何かを言っているのに聞こえないようになってしまいます。身体は疲れている、休みたい。そう言っているのに、何にも聞こえず、ひたすら頭でどうにかしようとしてしまいます。

 

そして、ある時、無理が効かなくなります。前に進めなくなります。身体が疲れ切って、休みを取ろうとします。それは、身体が頭で考える前に先行してやろうとしているわけです。

 

前に進めなくなる時、それは精神の状態に現れているかもしれません。やる気がでない。気分が良くない。そして、身体に多少現れていたとしても、だるい、きついという形で現れているかもしれません。

 

身体からのメッセージは当然ながらとても大事です。自分は身体で出来てきますから、身体をベースにするのが当然です。自分は精神で出来ているわけではありません。また、身体は頭で出来ているわけでもありません。精神も頭も自分の一部かもしれませんが、それらもそれ以前に身体から出来ています。基本は身体です。

 

だから、頭で勝手に物事を決めようとせずに、むしろその前に、身体といつも会話するような気持ちでいる事が大切だと思います。よく耳を澄ませば身体は何かを言っています。疲れているなら疲れている事を何らかの形で言っているはずだし、休みたいなら休みたいと何らかの形で言っています。

 

日々の生活で、身体の存在を忘れている事があります。歩いている時、歩いている自分の身体の事を忘れている時があります。足が一歩一歩自分自身を前へ運んでいる事を当たり前と思っている事があります。でも、それではいけません。いつ何時も、身体は常に動いていて、あらゆる箇所で活動していて、その総合によって、自分自身は今生きていて、存在しています。その自分が自分を成り立たせている自分の身体の存在を忘れてはいけません。

 

そういうわけで、頭で考えず、身体で考える。とても大事だと思います。その為にも、いつでも身体の声を聞いて、身体と会話するように過ごす事が大切だと思います。