毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

自分の中の願いや目的は「趣味」に転じる。そして、習慣になる。

日々、自分がやっている習慣というか、趣味みたいなものというのは、実際自分にとっての思いであったり、目的みたいなものであったりするのはないだろうか、と思っています。

 

やりたい事を見つけるとか作るとかっていうのは、案外簡単なようで簡単ではない事のように感じます。これが大事だ、と思って、大事な事の為にやろうとし始めた事が、実はやりたい事の手段だったりして、長続きしなかったり、実際所詮手段だからそんなに楽しくなかったりすると思います。

 

そういう意味でも、自分にとっての真の目的が、やりたい事だったりして、実質それが趣味みたいな事になっているように感じます。

 

私の場合だと、私は基本的に知的好奇心というか、世の中の事を知りたい、人の事を知りたいという思いというか、願いみたいなものがあって、そして、それらの事について考えたい、哲学したい、という目的があるわけですが、自分にとっての哲学=考える事が、もはや趣味みたいになっているという事です。自分にとっての哲学は目的ですが、実質的にはほぼ趣味です。コーヒーでも飲みながら、ゆっくりと時間を使って、物思いに耽り、思索に耽るのは最高の時間です。

 

そして、勉強も知的好奇心という観点から、目的みたいなものですが、ほぼ趣味です。勉強は大好きで、基本的には毎日勉強はやっていて、働きながら、放送大学の学生でもあります。

 

また、3か月くらい前に始めたジュリア・キャメロンの「モーニング・ページ」ですが、いまだに毎朝続けています。「モーニング・ページ」というのは、思っている事を自由気ままに自分だけのノートに書き出す事なのですが、上でお話しした「哲学する」=「考える事」を、思うままに言葉にするというのも含んでいるわけです。哲学する事=考える事を自由気ままに言葉にしたいという願いがあって、それを言葉として表現して書き出していくという事が目的のような感じですが、もはややっている事は、趣味のような感じです。ある意味本気ではありますが…。

 

その意味で、このブログもそんな感じです。哲学する事、言葉にする事を、きちんと整理したい、精度を上げたい、考えとしてまとめたい、そしてそれらを表現したいという願いがあって、もはや言葉として表現する事、形にする事という意味での「ブログを書く事」が目的のような感じです。もうこのブログも1年半以上毎日書き続けていますが、これはもはや趣味と言ってよい感じです。

 

そういうわけで、自分の中の思いというか願いであり、目的のようなものは、実質的には趣味に転じるように思います。

 

そして、さらに言えば、これらの趣味と言っているものは、習慣とも言えるようにも思います。もはや、私の毎日の生活の習慣の一部です。生活の基礎をなしています。習慣は、生きていく上に自分の人生や生活を形作っていくものですから、それが自分の思いや目的としての趣味であるという事はとても良い事だと思うし、自然な事だと思います。