毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けている40代です。

言葉によって自由になれる。文化的生き物=人間。

人間は、他の動物と同じ生き物ですが、彼らとは違って言葉を使う生き物です。言葉の原型みたいなものは、他の動物にもあるとは思いますが、ここまで「言葉」として発達させた生き物はないと思います。

 

そして、人は言葉によって自由を感じ、自由になれる。そう思っています。

 

生まれたすぐから言葉を使っていたわけではないから、育っていく過程で言葉を身につけてきた事は明らかで、その意味で言葉とは後天的なもので、また、人々の歴史の産物であり、代表的な文化的なものです。

 

生活していると、人は多くの事に悩み、関心を持ち、考え事をします。その時、頭の中では言葉が使われています。

 

私にとっては、頭の中の事を、言葉にして、それを解放する事、これが自由だと感じます。自由とは、Liberty=解放とも言いますが、その意味で、自由を感じ、自由になれるというのは、自分が解放されるという意味です。

 

その事は、脳の解放という意味でもあり、身体の解放という意味でもあり、心の解放という意味でもあります。脳と身体と心はつながっていますから、要は自分自身を解放するという意味です。頭の中で、不安事や悩み事、また、煮詰まった思考が、言葉によって形になり表現され、解放されます。救済されるという感じでもあります。また、それは歓喜でもあり、快感でもあります。

 

言語学者ソシュールは、言葉を不自然なものとして説明しています。自然とは、原理原則があって、完璧な世界です。ですが、言葉は完璧ではありません。言葉は人と人が意思疎通するための単なるツールでありません。ツールであるならば、誰かが何かを言えばそれは確実に伝わります。それが、原理原則で成り立つ完璧な世界です。ですが、言葉はその意味でそんな確実性はありません。不確実であって、不自然です。

 

人間は、不自然な行為としての言葉を使う事を発達させたわけですが、それが文化と言えます。不自然な言葉を紡ぎ出す事によって、文化を発展させてきました。その不自然な文化である言葉を、人間の歴史とともに発展させて、それを後天的に人間の仕組みとして内蔵させていく。人間とはまさに文化的な生き物です。

 

人間は、言葉を使えば使うほど、より言葉を操られるようになります。言葉に操られるようにもなるという問題がありますが。ですが、そのようにして、生きていく中で、身体の中で、もしくは心の中で感じたものを、頭で言葉にして、そして、思索して、言葉を重ねて煮詰めて練り上げて、何か形にする。そのようなプロセスを経て、自分自身を言葉によって解放する。それは、救済にもなり、歓喜にもなり、快感にもなると思います。

 

人はそうやって、言葉によって自由になれるのではないかと思います。