毎日の習慣や哲学の実践をつづる40代ブログ

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「頑張る」という言葉を使うのは難しい

よく「頑張れ!」「頑張って!」と耳にしますよね。頑張るという言葉は使いやすくて、すぐに言ってしまいます。でも、「頑張れ」と聞くと、逆にうんざりして、ストレスになる、だからむしろ聞きたくない、そういう人もいると思います。

 

「頑張る」という言葉は日本語として昔からあるし、何かと頑張るという言葉を使って、日本人になじんできたんだと思います。でも、昨今、あまり良い意味として聞かないし、個人的にも、あまり使わないようする事が多いです。一体何故「頑張る」という言葉は、使うのが難しいのでしょうか。

 

今回は、「頑張る」という言葉について考えてみたいと思います。主に3点、「頑張る」という意味、個人個人で「頑張る」の意味が違うという点、言葉には発する人の思いや意図がかなり含まれるという点、についてです。

 

まず、「頑張る」という言葉の意味です。言葉の意味は時代とともに変わってきますから、ここでは辞書的な意味は置いておいて、「頑張って!」と言う時は、脳科学的に言うと、「ノルアドレナリンを出してそれをやって!」という意味だと思います。「何ならコルチゾールが出てもいいからやって!」という意味も含まれると思います。本当に何にもしていなくて、ぼーっとしていて、「頑張れ」と言われた時、はっと気づいて、頑張ろうという気になれるという事はあるかもしれません。その状態というのは、本当に、何にも頑張っていませんから、「頑張れ」と言われてスイッチが入って、頑張ろうと前向きになれると思います。でも、実際、そんな事はあんまりなくて、例えば、テストの為の勉強をしていたり、仕事をしていたり、そういう時っていうのはたいてい何かに取り組んでいて、それなりに頑張っていますから、その上にさらに「頑張れ」と畳みかけられるという事です。「頑張る」には、「きついけどそれに耐えてやる」みたいな意味があるので、すでにノルアドレナリンを出しながらやっているわけです。その上で、さらに追い込んでノルアドレナリンをもっと出してやれ、というのは脳の反応としては、ストレス物質であるコルチゾールまで出て、疲労感を感じます。だから、「頑張って」という意味は、通常の状況で言われた場合、コルチゾールが出てもいいからもっとノルアドレナリンを出してやってという意味になって、つらい言葉として受け取ってしまうんだと思います。

 

実際、頑張れという時有効なのは、運動会のかけっこの時や、スポーツで声援を送る時など、身体を使っている時のように思います。筋トレをしている時に、「頑張れ」と言われて自分を追い込んでいくというのもありのように思います。ノルアドレナリンは、出し続けると、コルチゾールも出ますが、快感物質であるエンドルフィンが出る経路も脳内にあって、心地よさをもたらす場合もあります。

 

そして、個人個人で「頑張る」の意味が違うという点です。人によっては、「頑張って!」と言われて、「うん!頑張る」と素直な子供のように頑張れる事はあると思います。でも、でも、子供のころから、頑張っても、頑張っても、「(お前は本当にできないやつだな。)もっと頑張れよ。」と言われて育つと、「頑張れ」という言葉は、ダメな自分を責められるという意味にとってしまって、言われるだけでつらく、場合によって怒りが湧く言葉として反応してしまう場合があると思います。言う側の人はそこまでのつもりで言ったわけではないかもしれませんが、言われた人の過去の体験や、積み重ねられた記憶によって、「頑張れ」がネガティブな感情と強く結びつけられてしまって、異常に疲労するという事が起こると思います。言葉というのは、その人の過去の経験や記憶の積み重ね、その時の感情を伴う記憶学習によって、意味の文脈や解釈が異なりますから、「頑張る」という言葉は象徴的に、そういう事が起こりやすい語だと思います。もはや、「頑張れ」は精神医学や心療における場面では、あまり使われない語になっていると思います。むしろ、「もう頑張らなくてもいいんだよ」と心屋仁之助さんのように言われた方が、その人を勇気づけるという事は少なくないと思います。

 

そして、言葉は発する側の人の思いや意図が含まれるという事です。言葉は、人と人とがコミュニケーションをとるときに使われるわけですが、それが成立するためには、言葉を発する側が半分、聞く側が半分、の両方が合わさる必要があります。でも、実際には、言う側が言葉を投げかけて、聞く側は、発せられた言葉をその後に受け取る事になりますから、その会話の成立には言う側の寄与が大きいように感じます。

 

そして、「頑張れ」と人が言う時、どんな時かが重要になります。どんな場面に遭遇して「頑張れ」と言うのか。言う側の人が、ある他人を見て、その人が頑張っていなさそうに見えたとき、「頑張ってほしい」という思いに駆られて、「頑張って!」と言葉は発する。その人を見えていると、このままだとまずいから、もっと励まそうと思って、「頑張って!」と言う。そういうプロセスでしょうか。その場合、「頑張って」言われた人は、どう反応するでしょうか。「そうか、自分は頑張っていなかった。よし頑張ろう!」となるでしょうか。もしくは、「自分は自分なりに頑張っているつもりなのに、もっと頑張らないといけないのか。一体どのようにしたらもっと頑張れるのだろうか。自分の何がいけないのだろうか。」となるでしょうか。それは、その時の聞く側、言われる側の人の状態やその人自身によると思います。でも、「頑張って」と言う人にとっては、ただ応援したい、励ましたい、と思っただけかもしれません。もしかしたら、頑張っていない人を見ているのがその人がダメになる事が想像されて、それでそれをそのまま見ているのがつらくて、「頑張れ!」と言ったのかもしれません。いずれにせよ、「頑張って」という言葉を発する人の思いや意図が、「頑張って」という言葉を相手に与える力があるという事です。

 

言葉は、発する側の人の頭の中で意識に上がってはじめて、発せられます。特に「頑張れ」「頑張って」という言葉は、昔から使われてきて聞きなれた言葉だし、発する側の思いの発露、感情の発露として、使いやすいと事なんだと思います。「頑張って」という言葉以外の言葉があれば使いたいんだけど、思い当たらない、だから、結局「頑張って」と言ってしまうのだけれど、別に責めるつもりだったわけでもないし、ただ少しだけ応援したかっただけ。そんな感じだと思います。でも、実際には、見ていて不安に耐えられなかったとか、我慢ならなったとか、そういう事が「頑張れ」の中に含まれているという事は、「頑張る」という言葉をネガティブな意味で幾度となく聞かされてきた人は知っているので、そう簡単ではありません。

 

「頑張る」という言葉を使うのは、本当に難しいと思います。もはや「頑張れ」には、コルチゾールが出てもいいからアドレナリンを出してやれ、という意味があるし、個人個人の経験や記憶、文脈や理解で「頑張る」の意味は違います。また、言葉の性質上、言葉には発する側の人の思いや意図がかなり含まれるから、「頑張れ」は特に言う側の思いが発露されて、言われる側はそれをただ聞かされるという状況になってしまいます。特に、「頑張る」は言う人の思いと、言われる人の理解が大きく不一致になる可能性があるので、「頑張る」という言葉で相手も上手くコミュニケーションを成り立たせるのは極めて難しい語だと思います。

 

どうしても「頑張れ」と言いたいときは、せいぜいスポーツや筋トレ、などの肉体を使っているときに使うのが良いのではないだろうかと思います。