毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

会社でのハラスメント。自由の解放の歴史の発展段階。

最近会社では、ハラスメントに関する話題が多いかと思います。社内でたまに職場アンケートがあったりミーティングで議論が設定されたりして、仕事をしている中で時間を取られるなと感じていると思います。セクシャルハラスメントパワーハラスメントモラルハラスメント、いろいろとトピックスがあります。この手の問題を考えるとき、たいてい問題の発端であるモラハラやセクハラをする人は、このような問題を取り扱っても本人の振る舞いがそれに該当していない事に気付いていないのではないかと思います。小中学生のいじめの問題でも、いじめている人は自分自身に問題がないのでこの問題に気付かず、いじめられている当人が問題提起してはじめて問題として取り上げられます。基本的に人は自分自身に問題がなければそのままでよくて、特に改善する必要がありませんから、改善しません。この、一方方向の構図は昔から変わりません。

 

また、最近の「内向性」や「HSP(Highly Sensitive person)」なども、働き方の中で注目されてきたトピックスだと思いますが、以前までは、その逆のタイプが会社では「普通」となっていて、心理学などの発展によって徐々にそれらの性質が取り上げられるようになってはじめて、そのようなタイプの人々が良い意味でカテゴリー化されて認識されるようになりました。これも、逆の普通のタイプがマジョリティで、そうでない内向型やHSPの人はマイノリティなため、マイノリティが声を上げなければ話題に上がらなかったのだと思います。

 

近年のMeToo運動は、今までの問題にされてこなかった社会のマイノリティの問題です。問題は昔からそこらにあったのですが、社会の中ではマイノリティなために問題にされてきませんでした。基本的に、このようなマジョリティ‐マイノリティの一方方向の関係性が、このような問題を生み出してきたのだと思います。

 

人類の歴史は、自由の解放の歴史と捉えると非常に分かりやすく、MeToo運動は間違いなくその歴史の上に乗っています。現代は中心的な価値観となっていますが、個人の尊重や多様性の価値観は、そのような自由の発展の歴史の過程で出てきたものです。

 

人間は、性質上、ありとあらゆるものをすべて認識する能力はないので、大雑把に単純化してとらえる事しかできません。人間はコンピュータではないですから、物事や対象、人に対しても完全に認識し、理解することはできません。単純にして、明確にして、物事を区別することによって把握することができます。この”区別”する能力が差別につながってしまうわけです。人間は性質上差別をしてしまう生き物なのです。地球上のすべての人々の事を知り、理解することはできませんから、おおまかに把握するしかないのです。マジョリティなものは容易に認識しますが、マイノリティのものは認識できません。

 

ですが、繰り返しになりますが、歴史は、自由への解放の歴史です。人間は神ではないので、不完全で、人を大雑把に区別して把握する事しかできません。それを放っておくと、差別構造ができて、マジョリティとマイノリティの問題が生じます。自由への解放の歴史とは、人間の性質に基づくマジョリティ‐マイノリティの問題をいかに解決していくかという歴史と言えます。

 

会社で取り扱われているハラスメントの問題は、自由の解放の歴史の一部分です。重要な人類の発展段階です。今周りで、黙認しつつも普通に起こっているパワハラモラハラは、おそらく、30年も経てば「今ではあり得ないけど、昔は普通に起こっていたんだよね。」と言われるようになると思います。今は普通に職場で起こっている事だとは思いますが。そのくらいハラスメントの問題は重要な問題だと思います。