毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

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結婚して安定しているのに何故不倫にはまるのか。社会通念と愛され欲求のはざまで。

人は何故結婚して働いていたり、子供がいて満たされていたりするのに、不倫をするのだろうか。そういう疑問を抱いたことってありませんか。私の周りにも不倫している人がいたりして、どうして不倫するのかと不思議に思ったりします。最近の子供は、親が上手くいっていない時、無理して夫婦生活を続けていくより離婚した方が良いという話もよく聞くし、熟年離婚みたいな話もずいぶん前に話題になって周知の事のように思うのに、多くの人は結婚生活を維持しながら不倫をしています。一体何故なんでしょうか。そこで、現代の日本社会の背景から、人々の個人的な問題について考えてみたいと思います。

 

昭和時代を振り返りますと、日本の社会通念として、大人になったら仕事について結婚をして子供を持って家族を持ち、そして、仕事と家族を運営していくという人生を生きていくというようなものがあるように思います。女性も、昭和時代と違って今は仕事をするという価値観が普通ですから、結婚したら仕事を辞めずに働くという選択をする、これも日本に形成した社会通念だと思います。このような社会通念は、子供のころから刷り込みがありますから、ある意味普通の家庭に育った人ほど、根底にあるのではないかと思います。大学に行かなければならない、仕事につかなければならない、結婚しなければならない、子供を作らなければならい。これらは、自発的、能動的というより、そうしなければならないという強力な固定観念になっていると思います。

 

また、結婚は昭和時代から自由が拡大して、お見合い恋愛から恋愛結婚に結婚の方法が解放されました。その結果、多くの人は若いときから、恋愛を積極的にするようになりました。自由恋愛は、人によっては容易な事で、好きな人と付き合う事で良い恋愛を育んでいきます。その結果、結婚に至る人もいます。別の人にとっては、自由恋愛は難しく、相手の事がいいなと思っても、好きというのが恥ずかしくても言えないとか、断られるのが怖くて言えないとか、そういう理由で積極的に恋愛できないという事があります。恋愛をしたいという欲求がないわけではないですから、相手に好きと言われてやっと恋愛が成立するという事があると思います。相手から愛されたいという強いニーズを抱えるケースもあります。愛されたいという承認欲求が強すぎると、自分からは積極的に好きと言えないという場合、常に承認欲求が抑圧されていますから、相手に迫られると愛されているという感覚が異常に高まって暴発して恋愛にはまり込むという事もあると思います。そのようなケースではたいていうまくいきません。

 

こういう状況を踏まえて、不倫に何故至るか考えてみましょう。仕事もしなければならない、結婚もしなければならない、子供も作らないといけない、でも、恋愛できないから、相手が見つからない。でも、男女ともに結婚、子供のニーズはありますから、適齢期がくればお互いのニーズが合致する人が多く出てきて、それで結婚できます。このような場合、たいてい仕事もしていますから、これもお互いに相手が仕事をしているという条件に適って結婚は促進されます。ですが、肝心の、恋愛感情が上手く満たされていません。仕事もできるし、結婚もして、子供も育てている。だから、周りからみるとちゃんとしている、立派な社会人に見えます。昭和時代から無意識に刷り込まれて求められていた社会通念を固く守ってきているのです。

ですが、自分の承認欲求は満たされていません。通念の中に、自由恋愛は刷り込まれていませんから、異常な愛され承認欲求を抱えています。これは実は非常に深刻な状態です。実際には、仕事や子育てを両立するのは大変な事です。その上で、夫婦関係は実はからっぽで、恋愛感情はないがしろ。これでは、夫婦関係を続けていても子供の教育にもよくありません。子供はよく見ています。それでも、仕事や家族の維持は絶対ですから、仕事も絶対に辞められませんし、離婚も絶対にできません。強い固定観念です。そして、恋愛はますます抑圧されていきます。でも、愛され欲求は高まっていますから、その機会ができたとき容易に不倫します。離婚する勇気も、夫婦で事態を変えるやる気もありませんから、家族は維持されて不倫を行われていきます。

 

日本の家族観、結婚観、仕事観を社会通念として刷り込まれたまま、その人生を歩むと、自分自身の気持ちや欲求を優先する事、大事にすることをできなくなります。そうやって現代の多くの人は不倫に陥るのだと思います。