毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

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会社では何故主体性が大事なのか

会社に勤めていると、多くの社員がいて、組織の中の相対的な評価の中で働くという事から逃れられません。出世できる人もいれば、出世できない人もいます。それは、社内の相対的な比較の中で、何らかの形で、社長から平社員までの階層を作らなければならないからです。でも、出世できればいいですが、出世できない人も必ずいるわけで、また、例えある程度出世したとしても上には上がいます。個人としては、何らかの形で自分の状況を受け入れるしかありません。こればかりは、会社にお願いしてもどうしようもありません。

そんなわけで、そのような状況の中で、”主体性”を持つということがとても重要になってきます。

それでは、何故主体性を持つことが大事なのか。これから、4つの分けて説明したいと思います。

 

ひとつめは、責任を持つという観点です。これは、多くの人がいる中で、自分が会社の中の何らかの役割を引き受けるという意味です。そのとき、自分が会社の中の多くのやるべき事のひとつを、ちっぽけに見えるたった1つの事でも、自分が主体となって引き受けることで、その役割を果たすわけです。他の社員から見て、何かの仕事を、小さな仕事だとしても、ちゃんと責任をもって引き受けて働いている人は、確かな価値です。逆に、責任を取らない態度とは、責任を会社に丸投げして、もしくは他の誰かのせいにしておくことです。一見、楽なように見えますが、周りの人にとっては、その責任を取ろうとしない人の価値を認めようがありません。その意味で、会社のやるべきことの1つに責任を持つということは明確な会社への寄与であり、実質的にも明らかに周りの人はその人に価値を感じます。責任を持つとは主体性が発揮されてはじめてなされるもので、会社に丸投げする態度は社内で主体性が失われた状態です。その意味で、主体性を持つというのは、相対的な比較の中で自分の置かれた地位を楽にするものではないとしても、少なくとも周りから明確な価値を得られるので、正しい姿勢といえます。

 

次に、結局会社の中では、相対的評価で出世したりできなかったりするわけですから、自分が社員全員の誰になるかわかりません。その意味では、自分が結果的に社内のどの地位にいるのかは、ふたを開けてみないとわからないわけですから、主体性を持って自分で自分を価値づけることでしか、確かな価値はありません。社内評価だけで自己肯定感を保とうとするとき、出世できていない場合は自己肯定感が得られません。ですから、主体性を持つことによって自己肯定感を相対評価からだけ調達するのではなく、自ら調達することの方が確かです。

 

また、人間は、母親から赤ちゃんとして産まれたあと少しずつ大人へと発達していきますが、産まれた直後はまだ「自分」は形成されていません。成長していく過程で主体性を獲得していきます。そして、主体性は生後から数年でかなりの程度まで形成されますが、その後も主体性の発達はまだ続きます。大人になっても進みます。主体性の発達は人間の成長そのものです。主体性をより持つことによってより強固な自分が形成されて、会社内の評価にも振り回されないしっかりとした主体性が身についてきます。ですから、主体性をよりしっかりしたものにしていくことで、社内の相対評価に動じない人間になっていくことができます。

 

ユクスキュルの環世界という概念があります。虫には虫の感覚に基づく主体的に形成した世界があるように、人間には人間特有の知覚を通した世界を主体的に形成しています。人間を含むすべての生き物は、目の前に広がる世界を完全に知り、理解することはできません。せいぜい解釈しているに過ぎません。自分たちの感覚を通して、間接的に、世界を見ている、というより、形成しているのです。自分が見ている、感じている世界は個人個人で異なっていて、フィルターのようなものを通して、世界を形作っています。その世界を私たちは生きているわけです。このような世界の概念を環世界といいます。ですから、私たち人間はそもそも、主体性を持ってでしか、自分の外の世界とは触れ合えないのです。その観点からも、明らかに生き物として、主体性も持つこと以外にあり得ないのです。

 

そのようなわけで、会社の相対的な評価の世界の中では、いかようにしても、主体性をもって生きていくしかないのです。それがまぎれもない事実であり、より主体的になっていくことが、自分を支えてくれる確かな事なのです。